人はそれを「歴史」と呼ぶんだぜ
私はちょうど「ゆとり世代」と呼ばれる世代だ。小学5年生のときに、当時の担任が「今年からゆとり教育が実施されます。」とか言っていた。テレビを観ていると「ゆとり教育で教科書が薄くなりました。」とか「円周率が3.14ではなく、3として教えることになりました。」とかそんなことばかり言われていた憶えがある。
そのおかげか、先の世代の人たちからはまともな教育を受けていない礼儀知らずな奴らということで「ゆとり世代」なんていうレッテルを貼られてしまった。こんな教育にしたのは誰なんだ?という責任論はどこかへいったままだ。
そんなTHEゆとり世代の私も社会人になった。そうなると教科書からは縁遠くなる。さらに私が大学生だったころに「脱ゆとり教育」と言って、教育指導要領も変えられた。さぞ、良い教育を受けているのだろうと思っていたが、あるツイートを見て、その意見が変わった。
どうやら横浜市で採用されている公民の教科書にはこんなことが書いてあるようだ。
『人は1つの国家にきっちりと帰属していないと「人間」にもならないし、他国を理解することもできないんです。』
なんじゃこりゃ!さすがにゆとり教育でもこんなことは教わらなかったぞ!なんて思いながら、私はまた小学生の頃を思い返してみた。
小学生だった頃、私は『人間の歴史』という学習漫画にハマっていた。タイトルの通り、人類の歴史を学習漫画にしたもので、特に私が好きになったのは、人間が様々な場所に散らばっていく進化の過程だった。太古の人類がそんな旅をしていることにロマンを感じていた。
これはある人から聞いた話だが、どうやら人間は旅をしながら脳を発達させていったらしい。また、人間の歴史という尺で見ると定住している歴史よりも、移動している歴史の方が長いそうだ。
私は済州島出身者の孫にあたるのだが、親類からこんな話を教えてもらったことがある。実は父方の祖父の家系は元々、済州島出身ではなくて、祖父から8代前の先祖が忠清南道からやってきたらしい。また、済州島には高麗時代にモンゴルから人がやってきて、その子孫たちも住んでいるという。つまり、あの小さな島は「移民」でできている。もちろん、島から出て行く人もたくさん居る。
「移民」で作られた島の歴史からしたら私は当たり前な存在なのだ。
それを考えてみると人間の歴史とは誰かが移動した跡を辿る作業なのかもしれない。その跡は決して、国境線のように真っ直ぐな線ではなくて、ギザギザだったり、途中で跡が消えていたりすることもある。そんな跡こそまさに人間らしい。私は国境線という直線よりもそんな線を愛でていたいのだ。
実はあまり好きになれない言葉がある。それは「移民」という言葉だ。なぜなら、「移民」している方が当たり前なのだから。そして、この私もまたどこかへ旅をして、何かしらの跡をつける。それが生きた証になると思う。
もし、この教科書の言葉を真に受けた子どもが「人は1つの国家に帰属するのが当たり前だ。」と言ってきたらどうしよう。多分、私は「それが本当だったら、私たちはアフリカに居るんじゃないの?」と言うだろう。ただ、2つだけ誓っていることがある。それはそんなことを言った子どもに「○○世代だから」なんて言わないこととそういう教育を受けさせたのは自分たちであることを自覚すること。自分が言われて嫌だったことをしないのが人としてのマナーだということを「ゆとり世代」だからこそ知っている。