まだ夜羽音さんは生きている

 デモ後の食事会が山本夜羽音さんとの初対面だったはずだ。到着するなり彼の姿が目に入った。アメフトキャップに髭ヅラ、スカジャンで隠せない大きな腹。ビール片手に大声で話してる。思わず、仰け反ってしまった。気持ちを悟られまいとふつうの顔で自己紹介を聴いてみる。長らく描けていない社会派エロ漫画家で普段は土木作業員らしい。やっぱり変なひとだった。だが、政治の話題を振られた途端に熱く語る。運動経験が滲み出ているから面白い。いつのまにやら聴き惚れてしまっていた。

 彼の主催する夕食会に集まっていたほとんどのひとも似た経験があったのか。会の名前はアキバダファミリア。由来は知らない。でも、家族みたいな関係を築けそうな場だった。山本洋一郎でしかなかったころから付き合いのあるひとはさまざまな「前科」を話していたがいまいちピンとこない。参加者への細やかな気配りと甲斐甲斐しく世話する姿を観ていたからだろう。

 あるとき、共同執筆を誘われた。主人公は文禄・慶長の役で朝鮮王国に投降した日本の武将。わたしが原作で夜羽音さんは作画。嬉しかったけど長らく描けてない彼にできるのか。本気なら取材や感覚を取り戻すために新作を出すはず。曖昧だけど前向きな返事をしておいたが動く気配はない。若い物書きと出会うたびに話を持ちかけているようだった。でも、描いてさえくれればどうでもいい。長らく待っていたら食事会開催のダイレクトメールが送られてきた。このひとは一体なにをしたいんだろう。分からなくなると付き合いも薄くなる。最後はTwitterで近況をなんとなく察するだけの関係になった。

 夜羽音さんの訃報がSNSで錯綜したのはこれから春になろうとしていたときだった。流行病で集いを避ける風潮なのに葬儀の日取りまで流れてくる。実感がまったく持てない。気持ちを落ち着けたいからスーツと黒いネクタイを取り出した。 

 コートについたみぞれは季節外れを伝えていた。北海道出身の彼らしい日だ。払ってから礼拝堂に入る。多数の参列者に驚いた。置かれていた式次第にカトリックを感じながら席に着く。どんな葬式だっただろう。あまり記憶にない。でも、神父の慈愛に満ちたことばで温かい空気が広がっていたのは憶えている。出棺のときに頭を下げた。遅いのは分かっている。霊柩車が観えなくなったとき、気持ちの整理がついた。

 帰宅したあとだった。山本夜羽音を無性に語りたい。Twitterでお喋りできる機能を開いたら生前を知るひとがたくさんやってきた。そして、彼の話を何時間も話したり、聴いたりした。さまざまなひとの思い出が合っていたり、すれ違ったりする。ひとりひとりのなかに生きていると実感した。

 あれから1年半以上経つ。夜羽音さんを知るひとたちとときどき会う。話題はいまは亡き社会派エロ漫画家について。まだ生きているんだ。記憶のなかだけなんだけど。