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リビングとクラスTシャツと生活保護

   高校時代、私の居たクラスでは運動会や体育祭の時にTシャツを作ることが一種の決まりになっていた。私のクラスにはイラストやデザインの上手い子が居て、女の子たちが音頭を取ってTシャツを作っていた。そのシャツを着て運動会や体育祭に参加していたっけなぁ。でも、行事が終わってしまえば、見事に寝巻に変わってしまう(笑)これがあったお陰で、高校時代は無駄にTシャツを買わなくて済んだことも今から考えれば良かったことかもしれない。

   小田原市であのジャンパーを作ったお役所の人たちも同じことを考えたのだろうか?

   小田原市生活保護を担当する部署で、有志の職員でお金を集め、ジャンパーを作り、職員達で着用していた。着用したジャンパーには英語で「生活保護なめんな」などと書いてあり、そのジャンパーを着て、生活保護受給者の家を訪問していたそうだ。

   この話には色々な意見があった。私費で作ったものを事実上のユニフォームとして扱っていたことに対して怒りを感じた人、かつて生活保護を担当する職員が生活保護受給者に襲われたことから同情する人、そもそも小田原市生活保護が極めて受給しにくいことを指摘する人など、生活保護を巡る問題については次長課長の河本の一件から関心が高くなっているようだ。

   私はこの事件にある種の不気味さを感じていた。

   あのジャンパーには英語でギレン・ザビの言葉で、「あえて言おう、カスであると」と書いてあった。知らない人のために書いておくと、アニメで一世を風靡した『機動戦士ガンダム』に出て来るヒールだ。なんだか世間は不思議なもので、そんなヒールに惹かれる人は多い。確かに三国志好きが集まっても劉備が好き、関羽が好き、孔明が好き、なんていう人たちも多いけど、曹操が好きだっていう人も多い。物語の三国志から史実としての三国志が広まるにつれて、そんな傾向があるということを聴いたことがある。

   ジャンパーの言葉はガンダム好きにはかなりたまらない言葉らしいが、私みたいな立場からすれば酷い悪ノリで、しかも、分からないように英語で書いてあったことから悪質さを感じる。

   生活保護を担当する職員はこのジャンパーを手にして、メンバーシップを感じたと思う。高校時代にクラスTシャツを作って、皆んなで着ていたことを思い出すとあんなにワクワクした瞬間はなかった。彼らにとって、生活保護受給者はメンバーシップを高める存在でしかなかったのかもしれない。

   生活保護しか社会保障を受けられないという人たちが居ることは余り知られていない。かつての社会保障日本国籍が無ければ受けられなかった。その代わりに受けられる社会保障制度は自治体の裁量で決まる生活保護だけになる。

この生活保護には私の父の一家もお世話になっていた。父の家族は裕福であると言えず、かなり苦労をした。日本国籍を持たない在日として生きていた父の一家は生きていくために何度も役所に通った。しかし、役所で嫌味を言われ、こっ酷くいじめられたそうで、父や伯父はその影響か役人が大嫌いになってしまった。

だが、そのくせ、父は息子である私を役人にしたがっていた(笑)それは力がある存在が役人だったことを経験から分かっていたからかもしれない。

   このジャンパー事件の怖さは一体何だろうと考えいたが相模原市で起きた障害者殺傷事件の犯行動機を知った時の怖さと一緒だと思った。あの犯人は命を優先したのではなくて、社会にとって必要か必要じゃないかという枠組みで凶行に及んだ。それもその凶行を彼は社会貢献だと思っていたらしい。

   あのジャンパーを作った人たち、何も考えず着た人たちにも同じ狂気が隠れている。それは社会にとってこの人たちが必要か必要かじゃないかという枠組みで考え、弱者を「カス」呼ぶ狂気だ。

   この私も決して向こうの話ではない。正直言ってしまえば、私が今、働いている業界は低賃金が原因で貧困に悩む人たちが多く、私自身も決して高い賃金で働いてはいない。先日、所得の少なさから年金の支払いを安くしてもらおうかと両親と話をしたところだ。

弱い人はこの社会でますます生きにくくなっている。

   朝、出勤前に父とリビングで観た情報番組はこの小田原の事件のことについてだった。父はテレビを観ながら、大嫌いな役人の失態を「それ見たことか」と言わんが如くこんなことを言った。

「あいつらは昔っからそうなんだ。弱い奴にはとことん強い。」

父の血肉から出た言葉を私はただ聴くしかなかった。