大統領のどこに問題があるのか?

 朴槿恵大統領が危機に立たされている。以前、このブログでは私の中の「在日」という視点から書いてみた。韓国国内で語られる「独裁」と「民主化」の語り継ぎを私のような在外の人間、それも、もはや韓国籍を失って、日本籍になっている私にどのようにして語られているかがテーマだった。

 だが、そもそもこの朴槿恵問題について理解されていないことの方が多いと感じた。ある人からすればなぜ韓国がここまで騒いでいるのか?と思っているだろうし、残念ながら「韓国政治特有の問題」として片づけてしまう人たちも居る。

 そのような対岸の火事としての朴槿恵のスキャンダルだが、どうしてここまでデモが起きるのだろうか?

 事の発端から説明していくと、大統領の友人であった崔順実の事務所で処分されたデバイスから大統領に個人的にアドバイスをするということを称して、かなりの国政介入が行われていたということが発覚した。それだけではなくて、大統領が崔順実の財団にかなりの利益供与を行っていたのだ。それに対して、野党や与党の一部が反発。以前から社会的な矛盾を様々抱えていた韓国で一気に猛反発を喰らっているという話だ。

 日本では崔順実の財団への利益供与やデモ、韓国社会の中の問題にスポットライトが当たってしまい、126万人が参加した「デモ」を観ていると、そこに「韓国社会だから」とか「韓国の政治の特徴だから」ということで片づけてしまう。

確かに大統領権限の集中や任期の問題など、以前から言われていた第6共和国憲法の問題、また、韓国社会の中で社会的な問題が多いことは確かだ。

しかし、最も問題だったのは憲法の擁護者とされてある大統領が自ら憲法秩序を破り、崔順実を事実上の大統領にしたことだった。

 韓国の大統領には3つの顔がある。

まずは対外的な国家元首としての顔、行政府の首長(ちなみに韓国の場合、行政権は大統領ではなく、大統領と国務総理と国務委員で構成される内閣にあります。)の顔、国軍の最高指揮者としての顔、そして、これらの顔以外に憲法を擁護しなければいけない義務も有している。

  今回、大統領は国政に関する様々なことを友人に「助言」してもらっていた。例えば、この友人が大統領室室長であれば話は別だ。だが、この友人は全く関係の無い民間人だった。

   これでは国民としては一体何のための憲法なのか、何のための立憲政治であり、何のための選挙なのかが分からなくなってしまう。

 憲法69条には大統領が就任の際に宣誓する文言が書かれている。そこには大統領が憲法の擁護者として政治をすることを求めている。

   大統領の不祥事はこの憲法69条に反する行為だったということだ。

   つまり、今回のデモは憲法違反の大統領を憲法に規定されている文言で批判しているものにしか過ぎない。そして、これは韓国国内の憲法秩序の危機を解決しようとする動きでもある。

実は近年、韓国ではデモに対して不満を持つ人が多かった。デモの暴力性やデモでは何も変わらないということが言われていた。

    では、どうしてこのような動きが起こっているのか?

それは韓国の大統領が自ら憲法秩序を破壊して、独裁政権を作ってきた歴史があるからだ。

   第1共和国憲法と呼ばれる最初の憲法はかなり民主的な憲法だったそうだ。

しかし、李承晩大統領は朝鮮戦争中に釜山で任期延期や大統領直接選挙制を無理矢理通して憲法秩序を壊し、権威主義体制を作り上げた。

それは4.19学生革命によって倒され、第2共和国時代が始まった。

   この第2共和国時代はわずか半年間だったが、議院内閣制で民議院と参議院二院制の体制は当時先進的だと言われた。しかし、大統領と首相の対立とそれに伴う政党勢力の分裂で混乱をきたすことになり、憲法秩序の危機がおとずれた。

この時代の憲法秩序の危機は朴正煕によるクーデターで憲法秩序の危機が「解決」されてしまった。

その後の朴正煕は第3共和国憲法を公布したものの、大統領選挙で落選しかけたことをきっかけに憲法改正を行い、大統領任期を延長させ、大統領権限を強化した維新体制(第4共和国)を作り上げたが、部下に暗殺される。憲法秩序を「解決」した朴正煕も憲法秩序を破壊する側に回ってしまったのだ。(どっちも破壊だけど)

   その後、ようやく民主化するかと思いきや、全斗煥によるクーデターが発生し、第5共和国憲法が公布、軍事政権は1987年の民主化宣言と第6共和国憲法公布まで続くことになる。

   今回、様々な団体が現在の韓国政治の憲法秩序を「憲政」と呼び、この「憲政」の回復を第一としてデモを行っている。

大正デモクラシーの時代に用いられて、今の日本では記念館の名前程度の認識になってしまったこの「憲政」という概念だが、今でもこの「憲政」は韓国で生きていたのだ。

民主主義は民主主義のみによっては成り立たない。憲法に基づいた憲政システムがあってこその民主主義だ。

わざわざ民選した大統領をなぜ辞めさせるのか、首をひねっている人たちも多いかもしれないが、憲法第1条には主権在民が謳われている。そんな憲法第1条に基づいた行動でもあるのだ。

ちなみに朴槿恵大統領が憲法を以って、批判されたのは初めてではない。

セヌリ党の院内代表を務めていて、大統領と対立をして院内代表を辞任したユ・スンミンも辞任会見の際に憲法第1条を用いて、朴槿恵大統領を批判していた。

憲政システムの危機をもしかしたら彼は予感していたのかもしれない。

   憲政システムの危機と言われてもピンとこない人はたくさん居るだろう。しかし、我が国でも憲政システムの危機はたくさんあった。大正時代には「憲政擁護」を掲げて内閣を倒した事例はあるし、逆に憲法が予定しなかった制度に頼り過ぎたが故に戦争の道を歩んだ事例もあった。そして、今は…貴方はどう判断する?

また、世界各国の政治史を見ていると様々な憲政システムの危機と向き合ってきた。逆に憲政システムの危機が無い国が無い。

   そんな危機の中で問われているのは実は政治家や主権者である国民の憲政システムへの意識だ。 

憲政システムの危機を乗り越えようとした事例はたくさんある。

民主的手段で危機を乗り越えた事例、クーデターによって危機を無かったことにした事例、混乱の中で危機を乗り越えられなかった事例など。

   ただ、不思議なことに憲政システムを不断の努力によって民主的手段で解決していった国ではその後の民主的なルールはなかなか崩れることはない。

そんな憲法システムのターニングポイントを韓国が迎えている。

 憲政システムを巡る動きの中で韓国政治がまた変わっていくのかどうなのか。憲政危機はいつの時代でも起きており、またこの解決方法によって、政治の形が大きく変わってきた。なので、崔順実の利益供与のばかりが注目されてしまうことには疑問が残る。確かに韓国政治の問題点は大統領権限の集中や大統領親族の不正の問題、韓国の共同体の中にある問題に対して不満を抱いていた背景はある。しかし、今回の問題は憲政システムとしてどのように語っていくのかがとても重要になってくるだろう。 

   そして、韓国だけの問題ではなくて、近代憲法を有している国の人々にとって、対岸の火事では無いのだ。