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帝国の落とし子である私から北田氏への応答-戦後民主主義では応答されない人々

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   上野千鶴子氏の毎日新聞におけるインタビュー記事が話題になった。この記事の中で上野氏は多文化主義を否定し、日本国に住む人々の生活レベルの低下まで望むような発言をした。

   移住連をはじめとしたリベラルな知識人たちは上野氏に質問状を送り、上野氏はブログ上でこの質問状へ回答した。この回答に対し、さらに北田氏はシノドス上で応答する。

   北田氏は「見事」に上野氏に応答したと言われている。確かに私もこの応答は的確かつ見事なものであると思う。だが、私は北田氏の「見事」な応答に対して、何か違和感を感じた。この違和感とは一体何だろう。 

 民主主義とは3つのルールで構成されている。1つ目のルールは共同体の問題に対して、同じ声の大きさでそれぞれの立場から声を発し、議論を深めていくということ、2つ目のルールは意思決定をする手法は多数決で行うこと、最後のルールは多数決によって、少数者の諸権利を壊してはいけないということだ。

   私たちはこのルールを日本国内では一般的にかつての戦前の体制とその体制を起因とした大戦の反省から「戦後民主主義」と呼び、そのルールの中で社会を運営している。

 上野氏はまさにこの戦後民主主義のルールによって生かされている存在である。かつて、日本は女性参政権を認めていなかったが、日本国憲法の公布によって女性参政権が認められ、戦後、女性の社会進出が進み、1970年代には田中美津氏を筆頭としたウーマン・リブ運動が起こるまでに至った。上野氏もこの文脈の中で存在する論客として考えられている。

 一見、戦後民主主義そのものは上野氏が思い込んでいるように、あらゆる人に対し、発言権を与えているように見える。しかし、戦後民主主義には問題点が存在する。それは戦後民主主義体制の中において、声を発する存在は所謂、日本民族としての「日本人」にのみ想定されており、帝国の落とし子であった在日コリアンや当時、アメリカの軍政下にあった沖縄、また戦後民主主義体制の中においても「旧土人」として法律内で規定されたアイヌなどは含まれないということである。さらに、セクシャル・マイノリティーもまた、日本国憲法内において「両性の合意」という文言に雁字搦めにされ、結婚できる権利を行使できない状況にある。

  在日コリアンの歴史に注目すれば、戦後民主主義体制の中で発言する主体が「日本人のみ」であったことはすぐに理解できる。戦後民主主義の象徴として言われている学校教育法や公職選挙法の制定は裏を返せば、かつて大日本帝国臣民であった在日コリアンの教育の権利や参政権を見事に奪う法律を制定してしまったことになる。

   このようにして戦後民主主義の発言の主体を「日本人」に限定した問題はヘイトスピーチや沖縄の基地問題として今なお存在し続けている。

 この戦後民主主義における主語の問題を北田氏は指摘することなく、むしろ、上野氏の文脈に乗った形で、上野氏にのみ応答してしまった。これでは上野氏と同じ構造の中で語っているのと何も変わらない。

   このような上野氏と北田氏の議論は戦後民主主義の中で声を持たないものと規定された人々にとっては「高等な議論」としてしか消費されない。本来であれば、北田氏は戦後民主主義の中で声を持たない者に対しても、応答するべきだった。

   私の違和感はこの戦後民主主義の持つ欠陥を指摘しなければいけない議論がただの上野氏vsそれ以外のリベラル知識人という枠組みで終わってしまったことにあった。