日本人よりも働かなければいけない

  私の母方の祖父は忠清南道の田舎の生まれだった。周りには山と痩せた田畑しかなかったそうだ。私が韓国留学をしていたとき、祖父の出身地を訪ねたのだが今でも山と田畑しかないような場所で、思わず、祖父がこの土地を出るのも当然だと思ってしまった。

   かつての韓国は長男以外の男子は働き手としてしか見なされなかったため、彼は満足に教育を受けることができず、小作農だった実家の手伝いをしていたという。

 韓国独特の家父長制と貧しい境遇から抜け出したいと思った祖父は故郷を捨てて、戦争が始まる前に単身、日本へ渡った。

 彼は当初、関西地方に居たらしいが、やがて、関東に流れ着いた。そこで警察官と組んで米を安く仕入れ、故郷で憶えた濁酒造りの技術でヤミ酒を作り、様々な人に売った。彼の作ったヤミ酒はその土地で一番、美味しかったと私は聴いている。

 祖父はその金を元手にして様々な商売を始めた。彼の口癖は「日本人よりも働かなければいけない」という言葉だった。その意味するところは「日本人よりも数倍働けばその土地で認められる」ということだ。その口癖通り、彼はその土地に住む日本人たちよりも働き、やがて、その土地で一番の金持ちになった。

 そうやってのし上がった人間は嫌なもので、祖父は儲けられない在日たちを軽蔑し、「あいつらは本当に働かないし、平気で金をちょろまかす。」と言って、自身が経営していた会社で在日を雇うことは一切しなかったという。

 そんな祖父のもとにある日、自民党国会議員がやって来た。その目的とは街で一番の金持ちだった彼に政治献金を請うことではなく、帰化してその街の議員として、選挙に立候補させるためだった。当時は政治の世界で金が飛び交うことを当たり前としていたので、祖父の目の前には大金が積まれた。

 だが、彼はこの話を断った。後妻だった祖母は「韓国人としての誇りがあったから」と胸を張って語っていたが、断った本当の理由は祖父が文盲だったからだ。

 彼はのちに病気になり、全財産を失うことになる。現金を出して、帰化することを依頼した国会議員は手を差し伸べず、彼の周りからは次々と人が離れ、いつの間にか後妻だった祖母と母のみが祖父を支えていた。そのとき、彼は初めて、祖母から文字を学んだ。亡くなる直前には自分の名前が書けるまでなっていたという。

 今、世間を騒がしているのは自民党杉田水脈議員のLGBTへの発言だと思う。彼女は『LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子どもを作らない、つまり生産性がないのです』と語った。発言はそれだけではない。こうした発言をした杉田議員に対して、自民党内で問題にするのではなく、むしろ、擁護する発言があったことを彼女自身がTwitterで発言した。(このツイートはすでに削除済みである。)
 彼女のような立場にとって、個人の権利よりもいかに日本に貢献しているかということの方が大事なのだろう。

 ちょうど、この話を書こうと思っていたとき、次はサッカー選手のエジルがドイツ代表から引退することを発表した。トルコにルーツを持つ彼はドイツサッカー協会の会長を批判し、『彼らにとって僕は勝てばドイツ人、負ければ移民なのだ』とコメントを残した。
 「マイノリティー」とされる存在が常に周りから貢献を求められ、共同体のためになれば「仲間」とされ、そうでなければ仲間外れにされてしまうことはどうやら国境を越えて存在するらしい。
 もしかしたらエジルも祖父も政治の世界の中でマイノリティーである杉田議員もその社会で認められるためには「ドイツ人/日本人/自民党の男性議員よりも働かなければいけない」と考えていたのだろうか。

 とりあえず、私にできることは共同体への貢献を高所大所から仰るような人間を名簿に載せるような党には国政選挙だろうが、地方選挙だろうが票を入れないということだ。
 この一票は投票ができない人たちのために投げ込みたい。次はそんな人たちが「生産性がない」とされてしまうかもしれないから。