前略、あれから1年が経ちました。

 私がデマサイトを管理していた貴方に書いた手紙をこのブログ上に載せてから1年が経ちました。

 この1年、どのような日々を過ごされたでしょうか。
お陰様で、姪は今年から幼稚園に入園します。
あっという間に成長してしまうものですね。

 私はというと、この1年でかなり状況が変化しました。
実はあのブログ記事を書いた後に事情があって、ちょっとしたトラブルで会社を辞めることになったのです。

別にあの記事がきっかけというわけではありません。
その後、私は体調を崩してしまい、どうすることもできない日々を送っていましたが、去年の10月にこのブログを出版する機会に恵まれ、去年の12月に出版することができました。
 本を出版するにあたって、私は実名を出しました。
私の名前は金村詩恩と言います。
「金村」という苗字はどうやら植民地時代に名付けられた名前だそうです。
在日の世界では本来の名前である「金」を名乗る場合が多いのですが、私は「金村」に拘りました。
それは私にとって身近な名前であること、そして、私の文章はきっと、「金村」という苗字でなければ書けなかったと思ったからです。
 今、改めて貴方が取材を受けた記事を読んでいます。
私も貴方と同じようにこうやってインターネットの世界で記事を書いたり、本を書いたりしていると「数字」を気にしてしまうんです。承認欲求と言ってしまえば早い話なのですが、自分自身が一生懸命書いたものを色々な人に読んで欲しいという気持ちがあります。
 ですが、それでも貴方と同じように誰かを傷つけるために、デマを広めようとは思いませんでした。

 「デマや噂なんてこの世にありふれている。それに踊らされるのは個人の問題ではないでしょうか。噂を流した側の責務ではない。これからもデマはでき続けるはず。収益化できるかは別ですが」

 この言葉を1年経った今でも私の頭を離れることがありません。
今でもフェイクニュースは流れ続け、相変わらず、私たちを襲います。
最近、襲うスピードが以前よりも早くなったと感じることがあります。
どう考えてもありえないことがインターネット上では流れ、それを本当だと信じている人たちが増え、私たちの日常がより分断されてしまいました。
 こういう状況になると日常の中で疑心暗鬼な生活をしていくしかありません。
誰が味方で誰が敵なのか。
そんなことばかりを考えてしまう日々になりました。
どうやらこれは私だけではないようです。
 あらゆる人たちがフェイクニュースによる憎悪から誰が味方で誰が敵なのかを必死に探して、誰かを叩くという不毛な抗争ばかりをしています。
 1年経った今、貴方の生み出したニュースは誰かと誰かを対立させるためのニュースに成長してしまったのだと思いました。
 「金村」という苗字とお別れすることについて以前、貴方への手紙で書いたことがあります。
私の両親の後悔は日増しに強まっているようです。本を出したことによって、私の名前が出てしまい、まだ結婚していない下の妹が結婚できるのかと不安になっているのです。
 昨今、ナチュラルに韓国人に対しての憎悪を隠さない人たちが以前よりも、増えていると感じます。ふらっと入ったお店でも、お酒を飲みながら韓国人への憎悪を言う人が増えました。
私はそれを黙って聴いています。
 さらに書店に行けば、韓国人や中国人への憎悪を掻き立てるような本ばかりが置いてあります。
私はその棚を黙って見ています。
ただの批判であれば良いんですが、もはや嫌がらせに近いようなことを言う人たちも居て、とても苦慮しています。
 私が取材を受けた記事もそんな嫌がらせのような言葉ばかりがコメントとして書きなぐられていました。
報道という面もあるかもしれませんが、フェイクニュースにそういう人たちが触れてしまったということもあるのでしょう。
 「もしも」と言うのは嫌なんですが、昨今あるようなフェイクニュースヘイトスピーチが無ければ私の人生は平凡なものだったと思います。
そもそも自分のルーツについて興味を持つことすらしなかったでしょうし、本を出すこともしなかったでしょう。
 ですが、そんなことを嘆いてもしょうがないのです。
生きている限りは生き抜かなければいけません。
 私にできることは私の切実さの周りをぐるぐる回りながら、それを言葉にしていくことです。
 貴方と同じでお金もないし、かと言って儲ける方法も分からないですが、言葉のよって人生を変えられてしまった人間としてそういった誠実さはいつまでも忘れないでおきたいと思っているのです。
 いつか貴方とは直接、お話をしたいです。
恨み言を言うとか、貴方を責め立てるとかではなくて、単純に貴方の言葉を聴きたいのです。
今をどう生きて、どう感じて、どう思っているのか。
 どんなに社会がヘイトで分断されても、私たちは同じ青い空の下で息を吸っているので、きっとお会いできると思います。
そんな日が来ることを信じています。
そして、お会いした時に、私の名前を伝えられれば嬉しいです。
お返事お待ちしております。

金村詩恩 拝