さようなら、純血日本人。

   私の身の周りにいる在日コリアン1世たちは日本語が上手だった。

   母が祖父を日本人だと勘違いしていたぐらいに祖父は日本語が上手だったし、祖母たちも訛りがきつい日本語ではなくて、とても綺麗な日本語を喋っていた記憶がある。

 小さいころ、教会で訛りのきつい1世の日本語を聞いたことがあった。独特な訛りで、どこかちょっと湿っぽく、関東の人なのに、時折、関西弁のイントネーションで話し、関西の言葉を使う。

 そんな1世に出会ったあと、祖母にはどうして訛りがないのか疑問に思って、聞いたことがある。

すると彼女は「韓国人訛りを残していたら日本人にいじめられちゃうじゃないの。訛りがあるなんて日本で努力していない証拠だわ。」と言った。

 テニスの大坂なおみ選手が全米オープンの女子シングルで優勝した。朝早くの試合だったようだが、多くの人がこの試合を観たらしい。

 ネットニュースでは「日本人初の快挙!」という枕詞とともに伝えられていた。テレビを観ていると大坂選手のコメントに日本語字幕がつけられている。

大坂選手は日本語が十分に話せないらしい。そんな彼女の日本語を聴きながら「少ししか日本語を喋れなくてかわいい」というコメントが目に入った。

 正直、彼女を観ていると私はとても複雑な気持ちになる。

 日本人にとって明らかに「外国人」だと認識できる人が出てくると一気に歓迎モードになるのに、日本人と見た目の変わらないような「外国人」に対しては態度が一気に変わることを知っているからだ。

 以前、私が日本人と韓国人のクォーターであると告白したときに「えー!なんで顔が濃くないの?」と言われたことがあるのだが、「ハーフ」も「在日」も日本人が勝手に決めた枠にハマったときでないと認識されない。

 どうやら日本人にとって「ハーフ」とは日本人が外国人として認識しやすい欧米系や黒人系の人たちと日本人との間の子どもを指すらしい。テレビに出ている「ハーフ」と呼ばれる人たちを観ているとアジア系の人はまだ少ない。

 彼女が在日だったらどんな反応だろうかと想像する。多分、ネットは大炎上して、「もっと日本人らしく日本語を喋れるようにしろ。」「在日で日本人を名乗るのはおかしい。」「どうせ在日特権で優勝した。」と言われると思う。

Yahoo!ニュースに載ってコメント欄が炎上した経験者が言うんだから間違いない(笑)

 彼女がそう言われない理由は大方の人にとって分かりやすい「ハーフ」だからだ。

 実はたまに「ハーフ」を羨ましく感じてしまうことがある。ハーフと聞けば「カッコいい」イメージで語られる。一方、在日と言えば「可哀想」なイメージになる。

スポットライトの当たり方が全く違うのだ。

   以前、ハーフの友人に「ハーフっていいよなぁ。俺らいつまでも日本人になれない可哀想な人たちだもん。」と言ったところ「いつまでも『日本語喋れますか?』と言われるのもキツいよ。」と言われた。

   私もまた誰かが決めた枠を信じきっていたようだ。

「ハーフ」も「在日」にとっても誰かが決めた枠は厄介らしい。

 電車に乗って都内に行くと必ず「目覚めよ!純血日本人!」という落書きを目にしていた。

 その落書きを見ながら「きっと私は純血になれないから日本語で書いているのかもしれない。」と思った。

純血になれないからせめてどこかだけは日本人らしくあろうと思った結果が「日本語」だった。

そのおかげで日本語にはちょっとうるさくなったと思う。

これは祖母の「教育」のおかげかもしれない。

 ある日、いつものように電車に乗って都内に行こうとするとあの落書きが見当たらない。

落書きの上にさらに新しい落書きがされていたのだ。

そのとき、私は心の中でこうつぶやいた。

 「さようなら、純血日本人。」

できればこの言葉と出会わないような社会にしたい。