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護憲と独立

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 先日、南スーダンPKOとして派遣されていた自衛隊の日報が公開された。この日報とその後の稲田朋美防衛大臣の答弁が問題になっている。今回、公開された日報は以前、破棄されたとして未公開になっていたものだったが、何故か破棄されることなく存在していた。しかも、その公開された日報を読む限り、日本政府がPKO5原則を無視して、南スーダン自衛隊を送っていたことも明らかになった。野党はこの件について追及したが、稲田大臣は『「戦闘」という言葉を使うと憲法9条に違反する』というとんでもない答弁を行い、野党の怒りを買った。本来であれば憲法違反が無いように行政を行うべきであるはずなのに、憲法違反を正当化している状況になっている。

 そもそも稲田大臣は有名な憲法改正派の論客だ。安倍首相とも思想的な距離は近いとされている。改憲派の中には様々存在するが、稲田大臣を始めとする保守派の議員たちは日本国憲法GHQによって押し付けられたものであり、憲法9条そのものが日本国から自衛権を奪い、日本国の独立を侵害しているという立場に立っている。果たしてこのような立場は正しいのだろうか?

 日本国憲法GHQが日本政府の代わりに原案を作ったことは良く知られている。だが、この原案と現在の日本国憲法を比較してみると様々な修正が加えられていることが分かる。例えば、国会の構成だ。GHQ原案では300人から500人で構成する一院制となっているが、当時、憲法改正を担当していた松本烝治国務大臣から両院制を要請され、結果的に、両院制を採用することになった。実は憲法9条にも芦田修正と言われる修正が行われている。GHQ案の憲法9条では日本に自衛権が認められないという懸念が広がり、帝国議会憲法改正小委員会の委員長であった芦田均が修正を行ったことから、芦田修正と呼ばれるようになった。彼らの主張はこの段階を完全に無視してしまっている。

 さらにそれだけではない。憲法9条がどのような条項であるかということについても見事に無視している。憲法9条が存在することによって、日本国がどこかの国が主導となって行っている戦争の参加を求められた際に、憲法9条を理由に戦争への参加を拒否できる。日本国内の平和主義を保つことができるのと同時に、日本国としての独立を内外に示すことができるのだ。これに対して、国際貢献ができていないという批判もあるが、国際貢献は戦争をする形では無い方法で示すことができる。憲法9条を守るということは日本国の独立を守るということでもあるはずだ。

 私自身の立場は日本国憲法を改正するべきであるという立場だ。それは日本国憲法改正の限界の明記をはじめ、外国人参政権の明記、同性婚の合法化などの人権条項の強化や解散権の制限、建設的不信任制度の導入、参議院改革、憲法裁判所の新設など、統治機構の改革などが必要であると思っている。しかし、今回のように憲法を改正する側が憲法を破壊するような改憲を企図しているのであれば、それは断固として反対しなくてはいけない。私が何よりも恐れていることは権力の制限法である憲法を破壊されることとだ。

 実は、稲田大臣は自民党政調会長時代に憲法9条第2項は空洞化していると発言したことがある。一番問題なのは憲法9条第2項を空洞化させている人間たちは一体誰なのかということについては一切触れていない。まさに自分たちの憲法をないがしろにしている行為を憲法のせいにしているとしか言いようがないだろう。それだけではない。数年前、安倍首相は自国の国会よりも先に他国の国会で自国の安全保障政策に関する重大な変更を行うと正々堂々と発表した。果たしてそんなことが許されるのか?

 保守を自称する人々が憲法を破壊し、また日本の独立を破壊するような行為を行っているとは一体どういうことなのだろう。

 

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拝啓 72年前に『沈黙』を経験した貴女へ

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 如何お過ごしでしょうか?貴女が2011年3月1日に亡くなってから早、6年が経とうとしています。6年の間で色々なことがありました。特に大きなニュースと言えば、貴女の孫娘が子供を2人も生んで、立派なお母さんになったことでしょうか。私たちが「お母さん」と呼んでいた貴女の娘は、今では立派な「お祖母ちゃん」です。

 実は先日の日曜日、初めて教会で献金当番としてお祈りをささげた後に、遠藤周作さん原作でマーティン・スコセッシ監督の『沈黙』を観に行きました。

 その中で繰り返される当局の弾圧を観て、まだ、貴女が麗しい少女だった頃、宮城遥拝や神社参拝が強制された時代があったことを話してくれたことを思い出したのです。これは後になってから知ったのですが、当時の植民地朝鮮のクリスチャンたちは遥拝をするかしないかということで様々な議論があって、宮城遥拝や神社参拝を拒否して、当局に捕まり、殉教した牧師も居れば、当局の言いなりになって、宮城遥拝や神社参拝を自ら行った牧師も居たそうですね。そんな中で、貴女は当局の言いなりになることはせず、自分自身の信仰を守る決心をしました。

 確か、宮城遥拝をさぼっていたところ、当局の人間に見つかって、宮城遥拝をするように言われたことがあったそうですね。それでも貴女は当局の人間に自分自身がクリスチャンであることを説明して、宮城遥拝を断固としてしませんでした。とうとう、痺れを切らした当局の人間は出頭だけを命じて、どこかへ去ってしまったと話していましたね。それがまさか終戦の数時間前まで起きていることなんて誰も思わないと思います。

 この話をしている時、貴女の顔は何かに怯えたような顔をしていました。信仰を持っていると示すだけで、死に直結するかもしれないあの時代の雰囲気を私はその顔を通して知ることが出来たのです。

 貴女ほどではないですが、クリスチャンはこの国で何度も試練に会います。この映画の中で、ある役人がクリスチャンに踏み絵を踏ませるとき「形だけだから」なんていうことを言うのですが、そんな言葉をたくさんの人が今でも使っていると思ったのです。

 学校の中で伝統文化の授業ということで、人形作りをさせられそうになったり、宿坊に連れて行かれそうになった時、先生たちは「一応、形だけだから」なんていうことを言ってきました。私はそんな形に拘って、人形作りの授業も宿坊研修もさぼりました。こんな時にふと神様にお祈りをしても何も答えてはくれません。

 もしかしたら、私たちのような人間を見て、ある人たちは「信仰なんていうものは形だけにしか過ぎないのに何に拘っているのか」と言われるかもしれません。しかし、私は神様とともに走り続けた貴女を通して、信仰を守っていくためにどのような命のやり取りがあり、この先に何が待っているかを知っています。貴女はあの事実をただの酷い弾圧話として話したのではなくて、かつての宮城遥拝とは一体何だったのかということを問い続けていました。私もまた、貴女の話を聴いて共に考えているのです。それがきっと神様が私たちに示した「問い」なのでしょう。私たちの神は決して、「答え」は与えません。「問い」を与えて下さるのです。

  妹に聴いたのですが、貴女の曾孫の名前も聖書から取ったそうです。私が生まれたときに父と母と貴女の3人で聖書や聖書辞典を読みながら、韓国でも使える漢字はどういう漢字かということまで考えて、私の名前を付けてくれました。私の妹もまた貴女同様、聖書や聖書辞典をひたすら読みながら、お腹を痛めて生んだ我が子に名前を付けたのです。

 貴女がこの国で必死になって残そうとした信仰の種は大きなものになろうとしています。それは決して『沈黙』などしていないんです。

「拝啓 デマサイトを管理していた人へ」を読んで頂いた方へ

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 このブログを読んで頂いた皆様へ

 この度はお読み頂き、誠に有難う御座います。私が先日、執筆した「拝啓 デマサイトを管理していた人へ」が思いのほか、様々な方に読まれ、様々な反響を頂き、とても驚いています。それと同時に執筆した側として考えさせられることも数多くありました。記事のコメントの中に極めて差別的な表現があります。これに関してはしっかりと応答させて頂く予定です。無視して無かったことにしてしまうよりも、私はコメントに対しての応答をさせて頂きたいと思ったからです。それこそが私は言葉の可能性だと考えております。

 ところでインターネットはあらゆる人の悪意が書かれやすいという言説があります。それは確かに正しいことだと思います。このブログのコメントだけではなく、TwitterFacebookYahoo!のニュースコメント欄には様々な差別的なコメントが存在します。その差別的なコメントの前で多くの人々が傷つき、中にはそのコメントが原因で起きている現実世界の悲劇的な出来事によって、命の危険に晒されている人たちも数多く存在します。

 ネトウヨたちは判を押したかのように「インターネットで真実を知った」と言います。インターネットという、自分があたかも世界の全てを知ったかのようになれる武器を手に入れ、その武器の魅力に取りつかれてしまえば当然そうなってしまうでしょう。しかし、インターネットにはそんな典型的な差別主義者たちだけなのでしょうか?私は差別的なコメントにはまた別の問題が隠されていると思うのです。それは差別されることが「画面の向こう側」の問題として処理されているという問題です。あくまでも差別の話は教科書の話で全くリアリティーがない。そして、よりリアルを感じられるネットにある誤った情報に頼ってしまうのではないかと。

 事実、私がされてきた人権教育にはリアリティーが感じられませんでした。というよりも教育しないことの方が多いようにも思います。先日、大学の後輩と会った時に「私は部落問題について学校で学んだことがなかった」と言った後輩が居ました。彼女の告白に私は驚きました。私が住んでいた地域には同和地区があって、部落差別についての教育を受けていたからです。ですが、良く考えるとこのようなことが起きているかもしれません。何故ならば、私は部落差別以外の教育をされた記憶が無いからです。

 私がこのブログを始めたきっかけは私がたまたまマイノリティーであったということ、そして、この社会においてそんなマイノリティーの人間がどういう立場に置かれているのかを知って欲しかったからです。近年、ますます、マイノリティーにとって生きにくい時代になってきました。そんな時代の中では大体が無かったことにされてしまいます。私が在日の話をするときにそれを私のアイデンティティー問題として聴く人たちが居ますが、私はアイデンティティーでは悩んではいません。今、置かれている状況を少しでも多くの人に知って欲しいから話すのです。その為に私はインターネットという技術を使って、語る怖さを感じながら、言葉と向き合っています。

 人間の歴史は有史以来、技術を開発して、発達していきました。

本来、動物は自己の身体能力を自然の中に適応させながら生きていきます。しかし、人間はどうしたことか技術を用いることによって、大地を切り開き、文化や文明を発達させて今日に至るのです。今、私たちが直面している問題はそんな人間が生み出した技術に振り回されていることではないでしょうか。本来は技術は人間のためにあるものです。人間が無くては技術は存在しませんし、その技術は人間が用いるものです。ですが、今、起きていることは技術によって人間が使われてしまい、人間が傷つけられているという現実です。もう一度、技術から人間を取り戻さなければいけません。技術を差別のためにではなくて、人々を繋げるために使うのです。これ以上、ことが悪い方向に進んでしまえば、より多くの人が傷つき、その命まで奪われることになるでしょう。その瀬戸際に私は立っていると感じています。

 私の記事をたくさんの人に読んで頂き、たくさんの人に拡散して頂きました。その事実こそが私にとっては大きな希望です。表現することは時に大きな挫折が伴います。それは私の言葉を一切、相手にしてくれないという時です。言葉が切り捨てられてしまう瞬間に私はまるでこの世界が暗闇であるように思えてしまいます。しかし、今回はそうじゃなかった。あらゆる人が私の言葉の前で考え、そして、共に考えてくれました。その事実がインターネットには悪意が書かれやすいという言説を覆したのと同時に、今ある悪意で占められている世界を変えることができるチャンスになるのかなと思っているんです。

 私の言葉をより美しく、より明晰に、そして、人に伝わるようにしなければいけないと思います。そんな言葉を生み出せるように精進していきます。言葉にならないものと言葉の前で向き合うことはとても大変なことです。ですが、それが希望になることが分かった今、決して無駄なことでは無いことが分かりました。そんな可能性をまた信じてこれから精進していきたいです。

ブログを読んで頂いた皆様、有難う御座いました。これからも宜しくお願い致します。

拝啓 デマサイトを管理していた人へ

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   はじめまして。私は貴方と同じ年の25歳の在日コリアンで、名前はSHIONと申します。貴方がこんなブログを読むかどうか分かりませんが、今回、私のブログ上で手紙を書かせて頂きました。本当は私の実際に書いた字で、私の本名と住所をしっかりと明記した上で貴方に手紙を書きたいと思ったのですが、それはインターネットの特性上できないということでとても残念です。

 貴方がインターネット雑誌でインタビューを受けている記事を拝読させて頂きました。『大韓民国民間報道』というブログを立ち上げた経緯、ブログの中で問題になった記事はフェイクニュースであったこと、短期的にお金を稼ぎたいという目的があったこと、ニュースサイトの真似事をする方法、告訴されにくいということや記事のPV数を稼ぎやすいという理由だけでヘイトスピーチをまねくような記事を書いていたこと、様々な理由と手法でブログを執筆していらっしゃったのですね。私は貴方の無邪気でどこか他人事としか思えないような独白に対して、怒りを通り越して、もはや感心してしまうぐらいになりました。

 貴方の儲かりたいというちょっとした気持ちで書いたフェイクニュースによって、路上で「朝鮮人は帰れ」「韓国人は死ね」と口汚い言葉を吐くようになってしまう現実があるからです。私が今まで私の故郷として愛していた東上野の近くでもヘイトスピーチが公然と吐かれるようになりました。唾ならばまだしも、ありもしないことで中傷されるのは余りにも理不尽です。

 私は小学校1年生の時に帰化をしました。帰化をした理由は私が警察官になりたいという夢を親が実現させてあげたいという親心だったんです。私の両親や親戚たちは韓国籍であったことで進学や就職の際に苦労しました。私のいとこも警察官を志望していたのですが、国籍条項があったので警察官になることができませんでした。両親は私に日本籍を与えることによって、この社会で生きていく選択肢を与えてくれたんです。私が帰化した時は良い時代でした。やがては在日も全て帰化していくだろうと言われた時代で、本当に国境や民族なんていうものを考えなくても良いと思っていました。ですから、いつまでも国籍にしがみついている同胞たちを蔑んだ目で見ていた時代もありましたよ。しかし、そんな時代は過ぎ去って、私が韓国人であったというだけで言われもしないことで罵倒され、命を脅かされる時代になりました。

   最近、家ではどうやって苗字を変えようかと真剣に話してます。私の苗字は植民地時代に名乗っていた名前です。「そんな苗字をしていては韓国人だとバレるからいつでも変えなさい」と両親は言います。かつて日本に帰化することが可能性を広げると言われたのに今では名前を変えなければ命に関わると真剣に話すようになってしまったのです。私だけが被害に逢うのであれば、それは私自身、覚悟をしてこの現実を受けとめるだけで十分です。しかし、私には姪が居ます。この子の母親は私の妹です。この子が今後、韓国人の子だと言われいじめられ、こんなことを考えたくはありませんが、この子の命もどうなるか分かりません。私一人、もしくは私の一家だけで済む問題が未来の世代にも大きく影響を及ぼすようにもなってしまったんです。本当にやりきれません。

 貴方は記事の中で「デマや噂なんてこの世にありふれている。それに踊らされるのは個人の問題ではないでしょうか。噂を流した側の責務ではない。これからもデマはでき続けるはず。収益化できるかは別ですが」と言いました。貴方の流したデマそのもので私や私の大事な家族やそしてこれからの人生を健やかに生きていく権利のある姪の未来を大きく傷つけているのです。私は貴方の儲けたいという気持ちの犠牲にはなりたくありません。まだまだこの世の中を楽しく生きていく権利があります。貴方はちょっとした気持ちでやっていたのかもしれませんが、貴方のせいで私たちの人生は大きく変わろうとしています。それでもこの中を生き抜いて本当の言葉を私は見出していきたいです。その言葉の中に未来を生きるヒントがあると思うからです。

 貴方に言います。儲ける為だけに人を傷つけるようなサイトを作るのは止めてください。二度としないでください。私の平穏な日常と未来を返してください。私の切実なお願いです。

「判断」されるための戸籍

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 去年11月に私が誕生日を迎えて、25歳になった時、母から結婚の話をされるようになった。妹が私よりも先に結婚をして子供を儲けたことや母自身が結婚するのが極めて早かったということがあるのかもしれないが、一番の目的はどうやら直系の孫が見たいという願望らしい。「おいおい、我が家は天皇家じゃあるまし・・・・・・。」なんていうことを思いながらも母の直系の孫が欲しい願望を聴いている。

 我が家では結婚の話になるときに「ある話」を親からされる。

その話とは私が帰化したことをいつ話すかということだ。

結婚をするにあたって、戸籍謄本を出さなくてはいけない。その際に帰化をするという事実が分かってしまうため、できるだけパートナーには早めに言った方が良い。私は自分のパートナーとなる人には自分が在日であるということや帰化したことをちゃんと言ってきた。嘘はつきたくないし、そういった部分も含めて、私を知って欲しいという気持ちがあるからだ。どうやら帰化した事実を消す方法もあるようだが、そんなことが記載されているということ自体が何だか奇妙なものだ。一体、そんなものを知ることによって何になるのだろう。

 昔、ネトウヨ同士が仲間割れを起こして、戸籍謄本を出し合うという音声を聞いたことがある。「貴方は朝鮮人なんですか?」と大声で叫び合いながら、戸籍謄本を見せ合うという内容だった。この音声を聴いているとなんだか全てを否定されたような気がした。

 私の戸籍謄本には「帰化」という文字があるんだけど・・・・・・・。

戸籍が何のためにあるのかは分からないけれども、自分が何者かであるということを示すために確実に存在するようだ。それも自分自身が「純血な日本人」であることを示すために使われてしまっている。

 実はこんなニュースがあった。労働組合の「連合」で就職活動に関しての調査したところ、2割近くの企業が就職活動の際に戸籍謄本を提出させるという調査結果があった。しかも企業によっては生まれた場所を書かせるケースもあったそうだ。

1975年に「部落地名総鑑」という本が問題になったことは御存知だろうか?この本には被差別部落の地名が網羅されており、大企業は進んでこの本を買い、採用の際の「参考」としていたことが発覚した事件だ。

 現在では就職活動の際には戸籍謄本の提出は禁止になっている。しかし、それでも戸籍謄本の提出は現在でも行われていた。

 就職をしたり、結婚をしたりすることは人生の一大イベントだ。そんなイベントの時に、ふと自分自身がこの社会で人間として見られていないことに気づく。

 私の母は日本の学校を卒業してから旅行会社に入りたかったそうだ。しかし、その当時は国籍条項があったため、どうしても母は旅行会社に入ることが出来ず、他の企業に入ることになった。今でも母は悔しそうにこの話を私にする。就職で苦労したのは母だけではない。私のいとこも国籍条項が理由で就職ができなかった。

 今では母やいとこのような被害者は居なくなっていたと思っていたところ、こんなニュースが私の下に届いてきた。

 「グローバル人材」だの「ダイバシティ―」だのそんなカッコいい横文字には弱い癖にこういったところに関して、企業家は一切無関心なのだ。もしかしたらやっていることはかつて私が書いていたネトウヨと同じようなメンタリティーなのかもしれない。

 

 企業のお偉いさん方へ

私は「純血な日本人」であることを証明しなきゃいけませんか?

リビングとクラスTシャツと生活保護

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   高校時代、私の居たクラスでは運動会や体育祭の時にTシャツを作ることが一種の決まりになっていた。私のクラスにはイラストやデザインの上手い子が居て、女の子たちが音頭を取ってTシャツを作っていた。そのシャツを着て運動会や体育祭に参加していたっけなぁ。でも、行事が終わってしまえば、見事に寝巻に変わってしまう(笑)これがあったお陰で、高校時代は無駄にTシャツを買わなくて済んだことも今から考えれば良かったことかもしれない。

   小田原市であのジャンパーを作ったお役所の人たちも同じことを考えたのだろうか?

   小田原市生活保護を担当する部署で、有志の職員でお金を集め、ジャンパーを作り、職員達で着用していた。着用したジャンパーには英語で「生活保護なめんな」などと書いてあり、そのジャンパーを着て、生活保護受給者の家を訪問していたそうだ。

   この話には色々な意見があった。私費で作ったものを事実上のユニフォームとして扱っていたことに対して怒りを感じた人、かつて生活保護を担当する職員が生活保護受給者に襲われたことから同情する人、そもそも小田原市生活保護が極めて受給しにくいことを指摘する人など、生活保護を巡る問題については次長課長の河本の一件から関心が高くなっているようだ。

   私はこの事件にある種の不気味さを感じていた。

   あのジャンパーには英語でギレン・ザビの言葉で、「あえて言おう、カスであると」と書いてあった。知らない人のために書いておくと、アニメで一世を風靡した『機動戦士ガンダム』に出て来るヒールだ。なんだか世間は不思議なもので、そんなヒールに惹かれる人は多い。確かに三国志好きが集まっても劉備が好き、関羽が好き、孔明が好き、なんていう人たちも多いけど、曹操が好きだっていう人も多い。物語の三国志から史実としての三国志が広まるにつれて、そんな傾向があるということを聴いたことがある。

   ジャンパーの言葉はガンダム好きにはかなりたまらない言葉らしいが、私みたいな立場からすれば酷い悪ノリで、しかも、分からないように英語で書いてあったことから悪質さを感じる。

   生活保護を担当する職員はこのジャンパーを手にして、メンバーシップを感じたと思う。高校時代にクラスTシャツを作って、皆んなで着ていたことを思い出すとあんなにワクワクした瞬間はなかった。彼らにとって、生活保護受給者はメンバーシップを高める存在でしかなかったのかもしれない。

   生活保護しか社会保障を受けられないという人たちが居ることは余り知られていない。かつての社会保障日本国籍が無ければ受けられなかった。その代わりに受けられる社会保障制度は自治体の裁量で決まる生活保護だけになる。

この生活保護には私の父の一家もお世話になっていた。父の家族は裕福であると言えず、かなり苦労をした。日本国籍を持たない在日として生きていた父の一家は生きていくために何度も役所に通った。しかし、役所で嫌味を言われ、こっ酷くいじめられたそうで、父や伯父はその影響か役人が大嫌いになってしまった。

だが、そのくせ、父は息子である私を役人にしたがっていた(笑)それは力がある存在が役人だったことを経験から分かっていたからかもしれない。

   このジャンパー事件の怖さは一体何だろうと考えいたが相模原市で起きた障害者殺傷事件の犯行動機を知った時の怖さと一緒だと思った。あの犯人は命を優先したのではなくて、社会にとって必要か必要じゃないかという枠組みで凶行に及んだ。それもその凶行を彼は社会貢献だと思っていたらしい。

   あのジャンパーを作った人たち、何も考えず着た人たちにも同じ狂気が隠れている。それは社会にとってこの人たちが必要か必要かじゃないかという枠組みで考え、弱者を「カス」呼ぶ狂気だ。

   この私も決して向こうの話ではない。正直言ってしまえば、私が今、働いている業界は低賃金が原因で貧困に悩む人たちが多く、私自身も決して高い賃金で働いてはいない。先日、所得の少なさから年金の支払いを安くしてもらおうかと両親と話をしたところだ。

弱い人はこの社会でますます生きにくくなっている。

   朝、出勤前に父とリビングで観た情報番組はこの小田原の事件のことについてだった。父はテレビを観ながら、大嫌いな役人の失態を「それ見たことか」と言わんが如くこんなことを言った。

「あいつらは昔っからそうなんだ。弱い奴にはとことん強い。」

父の血肉から出た言葉を私はただ聴くしかなかった。

 

こんな時に求められること

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 民団の呉公太団長が新年会の挨拶の中で慰安婦問題について言及した。2015年の合意を評価し、慰安婦問題を政治的に利用してはいけないということ、少女像については「撤去すべきというのがというのが在日同胞の切実な思いだ」と述べたそうだ。団長としてこのようなことを言わなければいけないということだったのだろう。こういった意見があることも尊重をしなくてはいけない。私自身、どちらかといえば、この団長の意見に近い。2015年の合意については評価しないが、この合意を結んでしまった以上は両国政府は誠実に果たす義務がある。このような合意を結んでしまった当時の韓国政府にも問題があるというのが私の意見だ。しかし、団長の言葉にはまた別の意味で違和感を持った。

 私みたいな「在日」という立場は日韓関係で何かあると口が疲れてしまう。慰安婦問題のような日韓関係の問題があった時には韓国側のことを説明する立場に立たされるからだ。こういった時のみならず、韓国の情勢について何か聴かれることがあったり、「在日」全体の代表者として何かを言わなくてはいけないような立場に立たされる。

 例えば、最近のことになると朴槿恵大統領の弾劾デモに関して色々と話をした。本当にこの話をするのは大変だ。なにせ韓国の政治史から話さなくてはいけないのだから。私はこの話を決して、韓国の話としてしているつもりはない。むしろ、立憲主義や民主主義など普遍的な話として話をしようとしている。

 こういう話をしていると大体、私が韓国側として観られてしまうことが多い。確かに私はこの議論の場で「かつて韓国に留学をしていた日本人/在日/韓国人」という代表性を持って喋っている。代表性を持たされる時はとても心地が良くなる。それはその議論の場でマイノリティーである私が認められたということでもある。しかし、良く考えてみれば、この構図そのものがかなりおかしい。私の意見をマイノリティーの立場を代表する人間として振る舞うことによって、マイノリティーの様々な立場や存在や声を消してしまうからだ。

 例えば「在日」として韓国語が上手くなくてはいけないであるとか、日本人に帰化してはいけない、もしくは民族学校に通わなくてはいけないなど様々なその人の在り方を規定してしまう。このような中でかつて自分自身の在り方に悩み、自ら命を絶った私と同じ年の青年も居た。このような共同体による個人の規定は決して、対岸のことではない。私がかつて釜山に留学をしていた時、日本人留学生たちは自分自身を「日本人の代表」といった意識を持っていた。私が酒の席でしくじりを起こすとすぐに「日本人の代表なんだからしっかりしなきゃだめだよ」なんていうことを言ってきた。どこにでも存在する共同体の罠なのだ。

   この罠はそれだけではなく、社会全体の問題として共有しなければいけない問題をマイノリティーだけの問題としてしまう。私が韓国のデモについての話をしていて、対岸のこととしてしか受け取られていなかった。また在日を語るときも同じような反応になってしまう。代表性を持つことでマイノリティーを可視化しただけでは何も変わらない。

 代表性を持つこと/持たされることは共同体の引力の中に私自身を引き込ませる作業である。その作業からどのようにして私自身を話していくのかが最も重要なことなのかもしれない。

 私がまだ大学生だったとき、こんなことがあった。私と同じゼミ居た在日の子と合宿で話をした時だ。ふと彼女は私に「お前が在日の代表として話をするのがなんか気に入らなかった」ということを言ってきたことがあった。その時のことを余り憶えていないがそういうことがあったのだろう。

 よくよく考えてみればそうだ。私自身は決して代表性を持てる立場ではない。あらゆる面が私には存在する。在日である私、日本国籍取得者としての私、男としての私、ヘテロセクシャルである私、身体障害を持っていない立場としての私、様々な私が存在して、1つに統一されるわけではない。全てが私なのだ。

 代表性を持つことによって、そんな私の中に存在する多数の私を認めないだけではなくて、マイノリティーが抱えさせられている問題を対岸の問題として認識させられるようになってしまい、私以外のその他のマイノリティーの声や存在も認めなくなってしまう。共同体の引力や共同体の居やすさはそんな怖さを持っている。

 共同体の求心力や居心地に自分自身の身を委ねることではなく、共同体の求心力や居心地を冷静に見つめながら、自分自身の立っている立ち位置を常に建設的に疑っていくことこそとても重要なことではないか?そのような構造の中で話さなくてはいけない限り、呉団長のようになってしまうのはある意味当然だと思う。しかし、私はそんな構造を疑いながら、別のやり方で言葉を紡いでいきたい。